『Just to Dance』服部哲郎の現地レポ
2010年1月初演の『Just to Dance』製作のため滞在中の服部哲郎さんから現地レポートがとどきました。3カ国からあつまったダンサー達との共同製作の雰囲気や現地の生活など、短編小説風のレポートです。ぜひじっくり読んでください。
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カーン国立振付センター製作作品『Just to Dance』現地レポート
文・服部哲郎
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7/3
俺ともう1人の日本男児、辻本佳はパリのシャルル・ド・ゴール空港に到着。
制作のセバスチャンによる粋な計らいでまさかのタクシーがお出迎え。
日本にいた時にやりとりしていたメールの端々から、俺の初渡欧への怯えをヒシヒシと感じてくれていたのだろう。
俺達は花の都、パリを華麗にスルーし、ハイウェイを走った。
窓の外には憧れていたフランスの雄大な景色だ。
「偉大なる田舎」
という言葉のまさしくそれで、
広がる畑と雲の低さと右側通行がここが日本ではないことを感じさせてくれた。
走ること4時間弱。
俺達の住居となる場所へ到着。
セバスチャンが待っていてくれた。いい男だ。
俗語で言うイケメンだ。
一通りの説明の後、一緒に街へ。
紛れもないフランスだ。イメージ通りのフランスだ。
石でできた家、
石畳の道、
プジョーにシトロエン。
そうとなれば、俺達の最初ディナーはもちろんフランス料理か?
しかしカーンの夜は早かった。
あっさりファーストフードのハンバーガー。
チェーンの名前をクイックと言う。
カーン城のすぐそばの芝生に腰を下ろし、バーガーをかじりながら、
「とうとう来てしまったな」 と2人は口を揃えた。
夜空とオレンジ色の街灯がやけに綺麗だった。
7/6
初日がやってきた。
俺達は歩いてカーン国立振付センターへ。
10分程歩くと見えてきたのはセンターの入り口で煙草をふかす人影。
下町のインチキ発明オヤジか?
いやあれこそまさしく、芸術監督の1人、
エリック・ラムルーその人ではないか。
丸いサングラスに派手な上着、タイパンツとビーチサンダルのおかげで完全に下町のなんとやらなんだが、間違いない。
俺達を見るや煙草を勢いよく地面に叩きつけ、ハグをする。
ロビーを覗くとそこにはもう1人の芸術監督、
エラ・ファトミが。
お互い再会を喜び合う。エラとはまだ知り合ったばかりだが、母のような包容力を感じる。どこまでも優しいのだ。
ロビーでは顔合わせとランチミーティングと契約書の確認を兼ねた会が行われようとしていた。
ハムとチーズとパン。
もう限りなくフランスだなぁ、と感嘆したが、さすがにこの後ワークがあるのでワインはなかった。
オフィスの制作者、
テクニカルスタッフ、
ダンサー
このプロジェクトに携わる人が勢揃い。
(ミュージシャンの2人はこの日はいなかったが)
その光景は
大人の世界
だった。
何をもってして大人の世界というのかは上手く言えない。
みんなが10歳以上年上だからかもしれないし、初めて実物を見た契約書にびびったのかもしれない。
俺が日本でやってきたことは、ままごとなんかではないし、日本でもかっこいい大人達はいた。
でもそれとはまた違う。
言葉がわからないせいだろうか。
子供の頃、大人の集まりに顔を出すと、大人達が喋っている内容がわからなくて味わう、あのもどかしさなのか。
ともあれ、大人の世界だ。
その後、最初のワークへ。
ロビーを通り抜け、劇場の中に入ると開放感のある空間が広がっている。床は俺の大好きな白いリノリウムである。
300席程の客席の最前列には
サッカーボール
真ん中が空洞になったフリスビー
ゴム風船
陶器の玉
などが並べられていた。この2週間のワークでたくさんの事を実験しようというエラとエリックの企みが見えてきて、思わずほくそ笑む。
その後9人のダンサーと2人の芸術監督で円陣を創り、真ん中にボイスレコーダーを置く。
ダンサーの内訳は
アフリカ人3人、日本人3人、フランス人。
そしてフランス、もしくは英語と母国語で自己紹介する。
俺の場合は英語と日本語だ。
エラとエリックは今、それぞれの国の言葉の持つ音楽性の違いに興味を持っていると説明した。
何を言っているかわからない言葉を音として捉えているのだろうか。
今後もウォームアップのような感覚でこのワークをしたい、とも言った。現に次の週には、互いの国に持つイメージをインタビュー形式で撮影したりしている。
言葉の自己紹介が終われば、次は身体の自己紹介。いかにもエラとエリックらしい流れ。
実に明快だ。
円陣を維持したまま、誰かが叩いた手拍子を、みんなで真似する。
そのリズムを使って、1人ずつが輪の中に入って踊る。
自分の順番の前の人の踊りを真似たり、転用したりしてダンスを伝達していく。
こうすることで自分がどういう踊りを持っているかと同時に、人の身体を聴く力が露わになる。
緊張感と高揚が入り乱れた良い場だった。
ほどなく初日は終了。
俺達は家路についた。
さて俺達は一体どのような生活を送っているのか。
まず俺達が住む家はアパートの2階。
日本のアパートとはかけ離れて広く、
キッチン、ダイニング、リビング、ユニットバス、別にトイレが1つ、4つのベッドルーム
と、俺が今まで住んだ家の中で一番広い。
同居する同僚は辻本、そして日本人のアリサ、フランス人のマリーヌだ。
街は田舎ではないが、都会でもなく、自然とそこでの生活もシンプルになった。
すなわち
食べて、踊り、寝る。
日本でのゴチャゴチャと入り組んだ俺の暮らしとは程遠い。
食事は仕事後、スーパーに行くか、週末に立つ市場で食材を買って自炊する。
日本のようにコンビニも牛丼屋も無い。
フランス人のマリーヌはかなり食事に細かい気遣いをしている人だったので、我々日本人3人が協力しあっての調理だ。
ケイが野菜を切り、
アリサが炒め、
俺がビールを飲みながら眺める、
という構図だ。
つまり役立たずである。
フランスは全自動食器洗い機がどこかしこにもあるので、俺の切り札である洗い物もできない。
少しずつ料理を覚えていくしかない。
というのも先ほど上げた通り、生活がシンプルな分、その1つ1つが占める割合が大きいのだ。
日本にいる時には食べることがこんなに大事だと感じたことは無かった。
そして滞在開始10日後、我々日本人は米を食べたいと喚きだすのであった。
話を本線に戻そう。
仕事、ダンスである。
2日目には衣装デザイナーのマリリンに身体中の採寸をしてもらった。
これほどまで身体のあちこちを測られたことなど無く、俺がいなくても俺の人形ができそうなくらいだ。
作品創作と言えば、
風船を使ったワークや、フリスビーの投げ合い、鉄の玉を転がし交換、
3人1組で1つの形を創る、
各々の1分間のソロ、
様々なシーンが創られた。
9人全員がお互いの存在を感じながらソロを同時に踊り、それらをエラとエリックがキャッチする。
これは一年前の暑い夏でも行われた手法で、このキャッチする力が2人とも凄いのだ。
彼らの創作の特徴はとても研究的だということ。
一体、何がおもしろいのか。
何がどう見えるのか。
固定観念を持たず、徹底的に観察してトライ&エラーを繰り返す。
そしてたくさんの言葉で話し合い、今までに見たことのものを求める。
こうして最終日のスタッフ総見に向け、シーンが練られていく。
暑い夏でしか受けれなかったエラ、エリックのクラスを毎日受け、
午後は作品創り。
余分なことは何もなく、ダンスにだけ集中する素晴らしい日々。
俺も辻本も自分達の境遇に驚き、感謝しながら過ごしていた。
こんな時間をいつか日本でも過ごせるといいな、と思う。
ワーク最終日。
現段階でできているシーンを1本に繋げたものを踊り、一旦がそれぞれの帰路につく日。
俺、辻本、アリサの日本人3人はエラ、エリックと話をした。
ワークが終わったということで、アリサのフランス語通訳に助けてもらいながらの話である。
俺はこの恵まれた環境に感謝を述べ、素直に羨ましがった。
するとエリックは、ダンスを続けていくことは戦いだ、と言った。
どんな国でも、どんな状況でもそれは同じだという。
エリック達もここまで来るのに大変な苦労をし、そして今なお走り続けている。
このプロジェクトでさらに走る。
果たして、このプロジェクトの先にどのような出会いや結果が待っているのか、
それは誰にもわからない。
わかっているのは俺がとんでもない世界に飛び込んで来てしまった、ということだ。
そして、俺も暑い夏の代表として全霊を込めて踊る覚悟を改めたのだった。
7/6
初日がやってきた。
俺達は歩いてカーン国立振付センターへ。
10分程歩くと見えてきたのはセンターの入り口で煙草をふかす人影。
下町のインチキ発明オヤジか?
いやあれこそまさしく、芸術監督の1人、
エリック・ラムルーその人ではないか。
丸いサングラスに派手な上着、タイパンツとビーチサンダルのおかげで完全に下町のなんとやらなんだが、間違いない。
俺達を見るや煙草を勢いよく地面に叩きつけ、ハグをする。
ロビーを覗くとそこにはもう1人の芸術監督、
エラ・ファトミが。
お互い再会を喜び合う。エラとはまだ知り合ったばかりだが、母のような包容力を感じる。どこまでも優しいのだ。
ロビーでは顔合わせとランチミーティングと契約書の確認を兼ねた会が行われようとしていた。
ハムとチーズとパン。
もう限りなくフランスだなぁ、と感嘆したが、さすがにこの後ワークがあるのでワインはなかった。
オフィスの制作者、
テクニカルスタッフ、
ダンサー
このプロジェクトに携わる人が勢揃い。
(ミュージシャンの2人はこの日はいなかったが)
その光景は
大人の世界
だった。
何をもってして大人の世界というのかは上手く言えない。
みんなが10歳以上年上だからかもしれないし、初めて実物を見た契約書にびびったのかもしれない。
俺が日本でやってきたことは、ままごとなんかではないし、日本でもかっこいい大人達はいた。
でもそれとはまた違う。
言葉がわからないせいだろうか。
子供の頃、大人の集まりに顔を出すと、大人達が喋っている内容がわからなくて味わう、あのもどかしさなのか。
ともあれ、大人の世界だ。
その後、最初のワークへ。
ロビーを通り抜け、劇場の中に入ると開放感のある空間が広がっている。床は俺の大好きな白いリノリウムである。
300席程の客席の最前列には
サッカーボール
真ん中が空洞になったフリスビー
ゴム風船
陶器の玉
などが並べられていた。この2週間のワークでたくさんの事を実験しようというエラとエリックの企みが見えてきて、思わずほくそ笑む。
その後9人のダンサーと2人の芸術監督で円陣を創り、真ん中にボイスレコーダーを置く。
ダンサーの内訳は
アフリカ人3人、日本人3人、フランス人。
そしてフランス、もしくは英語と母国語で自己紹介する。
俺の場合は英語と日本語だ。
エラとエリックは今、それぞれの国の言葉の持つ音楽性の違いに興味を持っていると説明した。
何を言っているかわからない言葉を音として捉えているのだろうか。
今後もウォームアップのような感覚でこのワークをしたい、とも言った。現に次の週には、互いの国に持つイメージをインタビュー形式で撮影したりしている。
言葉の自己紹介が終われば、次は身体の自己紹介。いかにもエラとエリックらしい流れ。
実に明快だ。
円陣を維持したまま、誰かが叩いた手拍子を、みんなで真似する。
そのリズムを使って、1人ずつが輪の中に入って踊る。
自分の順番の前の人の踊りを真似たり、転用したりしてダンスを伝達していく。
こうすることで自分がどういう踊りを持っているかと同時に、人の身体を聴く力が露わになる。
緊張感と高揚が入り乱れた良い場だった。
ほどなく初日は終了。
俺達は家路についた。
さて俺達は一体どのような生活を送っているのか。
まず俺達が住む家はアパートの2階。
日本のアパートとはかけ離れて広く、
キッチン、ダイニング、リビング、ユニットバス、別にトイレが1つ、4つのベッドルーム
と、俺が今まで住んだ家の中で一番広い。
同居する同僚は辻本、そして日本人のアリサ、フランス人のマリーヌだ。
街は田舎ではないが、都会でもなく、自然とそこでの生活もシンプルになった。
すなわち
食べて、踊り、寝る。
日本でのゴチャゴチャと入り組んだ俺の暮らしとは程遠い。
食事は仕事後、スーパーに行くか、週末に立つ市場で食材を買って自炊する。
日本のようにコンビニも牛丼屋も無い。
フランス人のマリーヌはかなり食事に細かい気遣いをしている人だったので、我々日本人3人が協力しあっての調理だ。
ケイが野菜を切り、
アリサが炒め、
俺がビールを飲みながら眺める、
という構図だ。
つまり役立たずである。
フランスは全自動食器洗い機がどこかしこにもあるので、俺の切り札である洗い物もできない。
少しずつ料理を覚えていくしかない。
というのも先ほど上げた通り、生活がシンプルな分、その1つ1つが占める割合が大きいのだ。
日本にいる時には食べることがこんなに大事だと感じたことは無かった。
そして滞在開始10日後、我々日本人は米を食べたいと喚きだすのであった。
話を本線に戻そう。
仕事、ダンスである。
2日目には衣装デザイナーのマリリンに身体中の採寸をしてもらった。
これほどまで身体のあちこちを測られたことなど無く、俺がいなくても俺の人形ができそうなくらいだ。
作品創作と言えば、
風船を使ったワークや、フリスビーの投げ合い、鉄の玉を転がし交換、
3人1組で1つの形を創る、
各々の1分間のソロ、
様々なシーンが創られた。
9人全員がお互いの存在を感じながらソロを同時に踊り、それらをエラとエリックがキャッチする。
これは一年前の暑い夏でも行われた手法で、このキャッチする力が2人とも凄いのだ。
彼らの創作の特徴はとても研究的だということ。
一体、何がおもしろいのか。
何がどう見えるのか。
固定観念を持たず、徹底的に観察してトライ&エラーを繰り返す。
そしてたくさんの言葉で話し合い、今までに見たことのものを求める。
こうして最終日のスタッフ総見に向け、シーンが練られていく。
暑い夏でしか受けれなかったエラ、エリックのクラスを毎日受け、
午後は作品創り。
余分なことは何もなく、ダンスにだけ集中する素晴らしい日々。
俺も辻本も自分達の境遇に驚き、感謝しながら過ごしていた。
こんな時間をいつか日本でも過ごせるといいな、と思う。
ワーク最終日。
現段階でできているシーンを1本に繋げたものを踊り、一旦がそれぞれの帰路につく日。
俺、辻本、アリサの日本人3人はエラ、エリックと話をした。
ワークが終わったということで、アリサのフランス語通訳に助けてもらいながらの話である。
俺はこの恵まれた環境に感謝を述べ、素直に羨ましがった。
するとエリックは、ダンスを続けていくことは戦いだ、と言った。
どんな国でも、どんな状況でもそれは同じだという。
エリック達もここまで来るのに大変な苦労をし、そして今なお走り続けている。
このプロジェクトでさらに走る。
果たして、このプロジェクトの先にどのような出会いや結果が待っているのか、
それは誰にもわからない。
わかっているのは俺がとんでもない世界に飛び込んで来てしまった、ということだ。
そして、俺も暑い夏の代表として全霊を込めて踊る覚悟を改めたのだった。
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